Pairing Gone Right——お酒とコーヒーの間で、人が出会う。

2026年6月27日、東広島のomeme coffeeで、「PGR|Pairing Gone Right」という小さなペアリングイベントを開催した。

コーヒーとお酒。

日常の中では、近いようでいて、あまり同じテーブルに並ぶことのない二つの飲み物。その間に、料理を置き、器を置き、人の言葉を置いてみる。

どこで香りが重なり、どこで酸味がほどけ、どの瞬間に、それぞれ別のものだった味がひとつの体験へと変わっていくのか。

PGRは、その変化を確かめるための時間として始まった。

ただ、この企画でつくりたかったのは、食材や飲み物だけのペアリングではなかった。

異なるもの同士が出会い、最初は少し距離を持ちながらも、時間を重ねることで関係が生まれていく。
コーヒーとお酒だけではなく、その場にいる人と人の間にも、そんなことが起きたらいいと思っていた。
だから、PGRという名前には「正しい組み合わせを提示する」というよりも、試してみた先で、思いがけず何かがつながってしまうような感覚を込めた。

最初から答えがあるのではなく、味わった人の中で、
「あ、これは成立している」と思える瞬間。

その瞬間を、みんなで探すための一夜だった。

開場前の静かな緊張

当日は、オープンの少し前から、店内に独特の緊張感があった。

テーブルには、淡いピンク色のPGRのシートが敷かれ、その上にグラスや器が並んでいる。照明の明るさ、椅子の位置、
グラスの向き。大きなイベントではないからこそ、ひとつひとつの距離が目に入る。

参加者は六人。

あえて少人数にしたのは、一人ひとりが味を確かめ、話を聞き、その場にいる人同士の表情まで感じられる時間にしたかったからだ。
大人数では、飲んで終わることもある。けれど六人であれば、誰かが一口飲んだあとの顔や、少し首をかしげた瞬間、そのあとにこぼれる言葉まで共有できる。

わたしは今回、全体の進行とMCを担当した。

ただ説明をするのではなく、この六人が同じ時間の中に入っていけるように、空気を少しずつほぐしていく。
声の大きさや話す速度も含めて、最初の数分は、味覚より先にその場の温度を整える時間だったように思う。

「今日は、コーヒーとお酒の正解を探す会ではありません」
そんな話から、PGRを始めた。

「合う、合わないを急いで決めるのではなく、香りや温度、余韻がどこでつながるのか、自分の感覚で確かめてみてください」

少しずつ、参加者の表情がやわらいでいく。

驚きのマリアージュ

最初のペアリングは、

イルガチェフェ ICE
ローラン・ペリエ ラ キュヴェ
生ハムのブルスケッタ

テーマは「驚きのマリアージュ」。

まずは冷たいイルガチェフェを口に含み、次にシャンパンを飲む。そして、生ハムの塩味と脂、パンの香ばしさを重ねていく。

コーヒーとシャンパン。

言葉だけを並べると、少し遠い組み合わせに見える。

けれど、イルガチェフェの明るい香りと酸、シャンパンの泡や果実味が重なると、二つの間に一本の細い道が見え始める。

そこにブルスケッタが入ることで、味の輪郭が変わる。

塩味が酸を立たせるのではなく、逆にその角をやわらげ、コーヒーの中にあった甘さを引き出していく。

一口目と、料理を食べたあとの一口では、同じコーヒーなのに印象が違う。

参加者の顔にも、その変化がはっきり表れていた。

「最初は合うのかなと思ったけれど、料理を挟むと急に見え方が変わる」

そんな声が聞こえた。

PGRで最初につくりたかったのは、まさにこの小さな驚きだった。

知らないものに出会ったとき、人は一度、少し立ち止まる。

その立ち止まった時間が、次の感覚を開いていく。

コーヒーが生まれた背景を聞く

今回、コーヒーについて話してくれたのは、omeme coffeeのオーナーである戸田さんだ。

戸田さんは、もともとスペシャリティコーヒーが本当に好きで、その思いからomeme coffeeをつくった。

omeme coffeeの隣には、戸田さんが営む眼科医院がある。「omeme」という名前も、そこから生まれている。

病院を訪れる人は、必ずしも穏やかな気持ちで来るわけではない。診察の前に不安を抱えている人もいれば、診察を終え、少し疲れている人もいる。そんな人たちが、ほんのわずかな時間でも気持ちをほどける場所をつくりたい。眼科の隣にカフェをつくった背景には、単にコーヒーを提供するだけではない、戸田さんなりの思いがある。

PGRの中でも、戸田さんには、それぞれの豆の産地や特徴だけでなく、スペシャリティコーヒーが社会の中でどんな位置にあるのか、なぜ一杯のコーヒーにこれほど多くの人が関わっているのか、といった話をしてもらった。

一杯の飲み物としてテーブルに届くまでに、土地があり、気候があり、生産者がいて、流通があり、焙煎する人がいる。
普段は一瞬で口に運んでしまう一杯の中にも、長い時間が折り重なっている。その背景を知ることで、味は少し深くなる。
もちろん、知識があるからおいしくなるという単純な話ではない。けれど、口に入るものの向こう側に人がいると分かった瞬間、その一杯との向き合い方が変わることはある。

果実味の解像度

二つ目は、

モルケ HOT
ピエトラドルチェ エトナロッソ
バスクチーズケーキ

テーマは「果実味の解像度」。

ここでは、一つ目の驚きから、少し理解の時間へと移っていく。

温かいコーヒーと赤ワイン。

コーヒーには焙煎の香りがあり、ワインには果実や発酵の香りがある。

別々に飲んでいると、それぞれの特徴として感じていたものが、バスクチーズケーキの濃厚さを挟むことで、少しずつ重なり始める。

赤い果実のような香り。

焦がした砂糖。

発酵のニュアンス。

乳製品の厚み。

コーヒーとワインの中にあった共通の要素が、料理によって拡大され、輪郭を持って現れる。

コーヒーも、もともとは果実である。

そのことは頭では知っていても、実際にワインと並べて味わうことで、急に身体的な理解へと変わる。

この二皿目では、「似ている」ということよりも、「違うものの中にも、共通する言葉がある」ということを感じてもらえたように思う。

omeme スタッフのココちゃんからは、コーヒーを取り巻く社会や、スペシャリティコーヒーというものが日常の中でどのように受け取られているのかについても話してもらった。

専門的な知識を一方的に伝えるのではなく、自分の暮らしや経験に引き寄せながら語ってくれたことで、会話は自然と広がっていった。

最初はそれぞれ個別に味を確かめていた参加者同士も、次第に、

「私はこっちの香りを強く感じる」

「チーズケーキのあとだと、コーヒーの甘さが分かる」

と、自分の感覚を言葉にし始める。

誰かの感想を聞いたあとに、もう一度飲んでみる。

すると、それまで気づかなかった香りが急に立ち上がってくることがある。

味覚は、とても個人的なものだ。けれど、人の言葉を通すことで、自分の感覚が少し拡張される。

このあたりから、PGRは食のペアリングだけではなく、人と人の感覚が交差する時間へと変わっていった。

器がつくる、味の入口

今回の体験を支えたのは、飲み物や料理だけではない。

この日のペアリングに合わせて、器やグラスをひとつずつ選んだ。

形、厚み、口当たり、色。同じ飲み物でも、どの器に入っているかによって、最初に受け取る印象は変わる。

テーブルの上には、ただ「飲むための道具」が置かれていたのではなく、それぞれの味へ入っていくための入口が並んでいた。

コーヒー豆の選定、器、グラス、料理のサイズ、盛り付け。

どれか一つだけが目立つのではなく、すべてが同じ方向を向いている。

PGRの世界観は、そうした細かな選択の積み重ねによってできていた。

イベントの演出というと、派手な装飾や大きな仕掛けを想像することもある。

けれど、本当に空間の印象をつくるのは、グラスを置く音や、器の縁に触れたときの感触、次の一皿が運ばれてくるまでの静かな時間だったりする。

見過ごされてしまいそうな部分を、見過ごさずにつくる。

今回のPGRでは、そこをとても大切にした。

記憶に残るペアリング

最後は、

コロンビア HOT
ブリッコ クアリア モスカート・ダスティ
オレンジシュゼット

テーマは「記憶に残るペアリング」。

三つ目は、答えを探すというより、余韻を持ち帰るための組み合わせだった。

オレンジの香り。

モスカートの甘さと軽やかな泡。

温かいコーヒーの苦味。

甘味、酸味、苦味が順番に現れ、やがて境界が分からなくなっていく。

どれか一つが主役になるのではなく、それぞれが少しずつ残りながら、最後に一つの印象をつくる。

食べ終わったあと、すぐに次の言葉が出てくる人もいれば、しばらく黙って余韻を確かめている人もいた。

わたしは、この沈黙もPGRの一部だと思っていた。

おいしいと言う前の時間。何を感じたのか、自分の中でまだ言葉になっていない時間。

その時間を急いで埋めずに、そのままにしておく。

三つのペアリングを終えた頃には、開場した直後にあった緊張は、ほとんどなくなっていた。

参加者同士は自然に話し、スタッフもその輪の中にいる。

六人のためにつくられた小さな会だったけれど、そこには、人数以上の広がりが生まれていたように思う。

「合う」よりも先にあるもの

PGRを終えて、改めて思った。

ペアリングは、「正解の組み合わせ」を見つけることだけではない。

異なるものを同じ場所に置いて、少し時間をかけてみること。

最初は遠く見えたものの間に、共通する香りや記憶を探すこと。

そして、それを自分だけで抱えず、誰かと共有してみること。

コーヒーとお酒の間にあったものは、酸味や甘味だけではなかった。

そこには、戸田さんがコーヒーを好きになった時間があり、omeme coffeeをつくった理由があり、ココちゃんが語ってくれたコーヒーをめぐる社会の話があり、なっちゃんが選んだ器やグラスがあった。

そして、六人の参加者がそれぞれ持ち寄った感覚があった。

一つのペアリングは、一人では完成しない。

つくる人、運ぶ人、語る人、味わう人。

それぞれの役割が交わったとき、ようやく一つの体験になる。

PGRを通して僕が一番強く感じたのは、食の組み合わせよりも、むしろそのことだった。

小さな一夜の、その先へ

今回のPGRは、六人の参加者と、omeme coffeeという小さな空間の中で行われた。

けれど、この一夜で生まれたものは、その場だけで終わるものではないと思っている。

写真や映像として残った景色。

参加者が話してくれた言葉。

この日のために考えたコースや、器、グラフィック。

何より、omeme coffeeという場所が、コーヒーを飲むだけではなく、新しい体験や人の関係を生み出せる場所だと、実際の出来事として見せることができた。

まだ名前のついていない動きは、いつも小さな実験から始まる。

大きな宣言をするよりも先に、まず一度やってみる。

人を招き、味わってもらい、そこで起きたことを記録する。

その記録が、次の誰かの想像を動かしていく。

omeme coffeeで行ったPGRは、そんな始まりのひとつだった。

この先、広島で生まれようとしている新しい場所がある。

泊まること、起きること、食べること、飲むこと。

そして、人と人が出会い、それぞれの時間を持ち寄ること。

PGRで試した「異なるものの間に、新しい関係をつくる」という考え方は、これから形になっていくOMAMEにも、静かにつながっていくのだと思う。

今回の一夜を、単なるイベントの記録としてではなく、その先に続く物語の最初の一頁として残しておきたい。

コーヒーとお酒の間にあったもの。

それは、結局のところ、人と人の間に生まれるものと、よく似ていた。

PGR|Pairing Gone Right

「Pairing=組み合わせる」という行為を、食だけに限定しないプロジェクト。コーヒーとお酒、人と人、場所と時間。異なるものが交わることで、新しい発見や会話が生まれる。その小さなきっかけを、コース仕立ての体験として届けています。

omeme coffee

広島県東広島市にあるスペシャルティコーヒー専門店。眼科に併設されたカフェとして、「少しでも心穏やかになれる時間」を届けたいという想いから生まれました。生産地や焙煎にこだわった一杯を通して、コーヒーの背景にある物語や人とのつながりを大切にしています。地域の日常に寄り添いながら、新しい出会いや体験が生まれる場を目指しています。

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