本気で歌っていたことがあります。

テレビに出演し、レコード会社からCDをリリースしてメジャーデビューし、企業とのタイアップ、全国各地を巡る公演や海外での出演など、思い返せばさまざまな機会に恵まれました。


でも、その活動は、
長く社会に定着することはありませんでした。


昔のことを知る人から、「どうして売れなかったんですか?」と聞かれることがあります。(ちょー失礼!)
その答えを、ずっと考え続けてきました。
最近になって思うのは、私たちは「売れなかった」のではなく、「定着させることができなかった」のだということです。
これは似ているようで、まったく違う話です。


当時の私たちは、作品をつくることに夢中でした。
歌をつくる。
振り付ける。
衣装を考える。
キャラクターを磨く。
一回一回のステージを成功させる。
そこには、本気がありました。
でも、一つだけ足りなかった。
「次」を設計していなかったのです。


ステージは盛り上がる。
拍手ももらう。
仕事もいただく。
でも、その感動が、次のライブにつながらない。
「あの人たち、面白かったね。」
その一言で終わってしまう。
つまり、私たちは「瞬間」はつくれても、「関係」はつくれていなかった。


いま思えば、表現には二つの才能があります。
ひとつは、誰かの心を動かす才能。
もうひとつは、その感動を社会の中に定着させる才能です。
当時の私は、前者しか見えていませんでした。
作品が良ければ、人はついてくる。
評価されれば、次につながる。
そう信じていました。
でも、社会はそんなに単純ではありません。


作品は、放っておくと消えます。
ライブも終わります。
拍手も止みます。
SNSの投稿も流れていきます。
残るものは、作品ではなく、「記憶の仕組み」です。


人は作品だけを覚えているのではありません。
誰がつくったのか。
なぜつくったのか。
また会いたいと思う理由は何なのか。
そうした物語や関係性を含めて、初めて表現は定着していく。
当時の私は、そのことを知りませんでした。


だから、いま「あの頃をどう思いますか」と聞かれたら、失敗だったとは思いません。
むしろ、あれほど贅沢な実験はありませんでした。


テレビに出た。
企業と仕事をした。
海外に行った。
何万人の前で歌った。
それらを経験したうえで、「作品をつくること」と「社会に残ること」は別の能力なのだと知ることができた。


この気づきは、きっと音楽だけの話ではありません。
絵を描く人も。
文章を書く人も。
映像を撮る人も。
舞台をつくる人も。
作品を生み出す人なら、誰もが向き合う問いです。


良い作品をつくることは、とても難しい。
でも、それと同じくらい難しいのは、その作品が誰かの人生に残り続ける状態をつくることです。
私は、それを知らないまま、思い切り走りました。
だから、あの数年間は「売れなかった芸能活動」ではありません。
表現が社会に残る条件を、自分自身を使って検証していた、派手すぎる実地研究だったのだと思っています。


そして今、もう一つ思うことがあります。
当時は、良い作品をつくれば、誰かがそれを社会へ運び、広げ、残してくれるものだと、どこかで信じていました。
もちろん、それはマネジメントやレコード会社、関わってくださった方々がどうだった、という話ではありません。
あの時代、その場所で、誰もが本気でした。


ただ、今だから分かるのは、表現が社会に残る構造は、誰かが用意してくれるものではないということです。
表現者自身もまた、「どうすればこの作品は人の記憶に残るのか」「どうすれば次の出会いにつながるのか」を考え続ける責任がある。
作品を生み出すことと同じくらい、その作品が生き続ける条件を設計することもまた、表現の一部なのだと思います。

表現は才能だけでは残らない。残る表現には、構造がある。

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